「昇進したくない」職員が増えている

自治体人事が知っておくべき3つの背景と対策
昇進を望まない職員の増加は、民間企業だけの問題ではありません。近年、多くの自治体でも管理職を敬遠する職員が目立つようになり、人事担当者の頭を悩ませています。「優秀な職員ほど昇進を断る」「管理職候補が育たない」―こうした声は、現場から聞こえる共通の課題です。
なぜ職員は昇進を避けるのか。その背景には、個人の意識の問題だけでなく、組織の構造的な課題が潜んでいます。本稿では、昇進回避が起きる3つの本質的な理由を整理したうえで、自治体の人事担当者として取り得るアプローチを考えます。
なぜ今、昇進回避が起きているのか
昇進を望まない傾向は、バブル崩壊後の「管理職不人気」の時代から断続的に続いてきましたが、近年はその様相が変わってきています。以前は「責任が重い割に給与が増えない」という不満が主な理由でした。しかし今日の昇進回避は、より複合的な要因によって引き起こされています。
特に自治体においては、財政制約による慢性的な人手不足、住民ニーズの多様化、ハラスメント対策の厳格化など、管理職を取り巻く環境が急速に変化しています。現在の30〜40代職員は、そうした「苦労する上司の姿」をリアルタイムで見て育ってきた世代です。昇進を「キャリアの前進」ではなく「リスクの増大」として捉えるのは、ある意味では合理的な判断といえるかもしれません。
理由① 管理職の「プレイヤー化」と過重な業務負担
昇進回避の最大の要因として挙げられるのが、管理職が本来のマネジメント業務に専念できていない実態です。
多くの自治体では、定員管理の厳格化や退職者補充の遅れにより、恒常的な人手不足が続いています。その結果、係長や課長補佐といった管理職が、部下のマネジメントをしながら自分自身も実務を抱え込む「プレイングマネージャー」状態に陥っています。
部下の立場からこの状況を見ると、昇進は「仕事量が増えるだけ」という印象になりがちです。「上司は夜遅くまで残っているのに、自分より給与がそこまで上がるわけでもない」という観察が積み重なれば、昇進の魅力が薄れていくのは自然なことです。
理由② 責任と報酬・やりがいのミスマッチ
次に、責任の重さに見合った「報酬」や「やりがい」が感じられないという問題があります。
民間企業であれば、管理職への昇進は大幅な給与増を伴うことも多く、それ自体がひとつの動機づけになります。しかし自治体の給与体系は法令や条例により硬直的であり、昇進に伴う処遇改善の幅は限られています。「主任になっても手当は月数千円の差」「係長になれば残業代がつかなくなる」といった声も現場では珍しくありません。
また、やりがいの観点でも課題があります。管理職になることで、住民と直接関わる「現場の仕事」から離れ、調整や会議、書類対応が業務の中心になることへの抵抗感を持つ職員も少なくありません。「住民のために働きたい」という動機で入庁した職員にとって、管理職への昇進は必ずしも「やりたい仕事に近づくこと」を意味しないのです。
理由③ マネジメントの難易度と「なるリスク」の高まり
3つ目の理由として、マネジメントそのものの難易度が上がっていることが挙げられます。
現代の自治体組織では、価値観や働き方の多様化が進んでいます。メンタルヘルスに課題を抱える職員への対応、ハラスメント防止への意識の高まり、テレワークや時差勤務など多様な働き方の調整など、かつての管理職が経験してきた「業務の管理」に加え、いまや「人の管理」に求められるスキルは格段に高くなっています。
さらに、部下のミスや不祥事があった場合に管理職が責任を問われる局面も増えており、「管理職になること自体がリスク」と感じる職員が出てくるのも無理はありません。これは決して後ろ向きな考え方ではなく、現実を正確に読んでいるともいえます。
人事担当者として取り得る4つのアプローチ
昇進回避の背景にある課題は、個別の対処療法では解決しません。組織全体の構造として捉え、長期的な視点で取り組むことが求められます。ここでは、自治体の人事担当者として着手しやすい4つの方向性を示します。
① 管理職の「魅力」を言語化して伝える
多くの職員は、管理職の「大変な面」は目にしていても、「やりがいや達成感」については実感を持てていません。現職の管理職から率直な声を聞く機会を設けたり、管理職にしかできない仕事の魅力を発信したりすることで、昇進に対するイメージの偏りを修正することができます。
② 係員・主任層の「仕事の受け方」を整える
管理職がプレイヤー化してしまう根本には、部下が仕事を引き受けきれていないという側面もあります。係員・主任層の業務遂行力や自律性を高める研修や仕組みを整えることで、管理職の実務負担を減らし、本来のマネジメントに集中できる環境を作ることが重要です。
③ 管理職の業務負担を構造的に軽減する
会議の削減、決裁プロセスの簡略化、デジタル化による定型業務の自動化など、管理職の負担を増やしている構造そのものを見直すことも必要です。「なってから後悔する」職場環境を変えなければ、どれだけ魅力を発信しても説得力はありません。
④ マネジメント力を組織的に育てる
「管理職になってから学ぶ」では遅い時代です。昇進前の段階から、部下指導・チームマネジメント・対話力といったスキルを計画的に育成することが求められます。管理職になることへの「不安」を下げることは、昇進への心理的ハードルを下げることに直結します。
おわりに
「昇進したくない」という声は、職員個人の姿勢の問題としてではなく、組織が抱える構造的なシグナルとして受け止めるべきです。その背景には、過重な業務負担、報酬とやりがいのミスマッチ、マネジメント難易度の上昇という、いずれも人事施策で手を打てる課題があります。
管理職候補が育たない組織は、中長期的に行政サービスの質を支える人材基盤を失うリスクがあります。自治体の人事担当者には、昇進回避を「個人の問題」ではなく「組織の課題」として捉え、働く環境と育成の両面から継続的に改善していく役割が求められています。







